イタリア旅行⑦(ローマ前編)


また間が空きましたがイタリア旅行ローマ篇です。

ローマに到着した日はほぼバチカン市国しか観光出来ませんでした。滞在二日目は一日フリータイムなので、ホテルからバスに乗ってローマの中心あたりにあるヴェネツィア広場へ移動。そこから徒歩で観光スタートです。

DPP_758_Rヴェネツィア広場の前には一日目に見た巨大な建造物、ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂があります。

DPP_759_R贅を尽くしたといった作りの建造物ですが、ごてごての装飾に真っ白な外壁は少々派手で、街並みから浮いているような気もしました。

DPP_793_Rこの建物、巨大ですが、市役所でもなければ教会でも、貴族の館でもありません。訪れた時は何のための建物なのか分かりませんでした。

DPP_794_R調べてみると、イタリア統一を果たした初代国王ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世の功績を称えて建造されたものなのだそうです。

しかし住民の間では街の景観に合っているとは言いがたい外観から、ウェディングケーキ、入れ歯、タイプライターなどと呼ばれあまり歓迎されていないそうです。

DPP_760_R建造の際に元々あった中世の街並みを撤去して建てられたらしく、古い建物を残す運動を大々的にしているイタリアにあって、珍しく疑問に感じる建物でした。

DPP_756_Rさて、この日の最初の目的地はローマの休日で有名なアレのある場所です。ローマは建物は古いとは言え、全体的にアスファルトで舗装されているため都会的な雰囲気ですが、歩いていると所々に古代ローマ時代の遺跡が残っていて不思議な時代感覚に陥ります。

DPP_750_R少し歩くと円形の古い建物が。良く似ていますがコロッセオではありません。マルケッルス劇場という古代ローマの劇場なのだそうです。車やバイクのサイズから、コロッセオよりは小さいのがわかります。

しかし建造されたのは紀元前13年ごろなので、コロッセオよりも年代は100年近く古いようです。現在は上の部分がアパートとして利用されているのだとか。

DPP_751_R DPP_752_R更に古い街並みを見ながらとことこ。

古びた石造りの建物の横に敷かれたアスファルトの上を車が行きかうというなんとも不思議な空間。

DPP_755_Rしかし欧州車はやはり良いです。日本でも未だにそこそこ走っているオールドミニクーパーですが、ヨーロッパで見るととても馴染んで見えます。

DPP_753_Rそして第一チェックポイントに到着。サンタ・マリア・イン・コスメディン教会です。今まで見てきた壮大な建物からするとこじんまりとした建物ですが、

DPP_754_Rここにはとても有名な真実の口があります。

非常に人気のある観光スポットで、早めに出発したにもかかわらず、すでにかなりの人が列をなしていました。当然皆ここに手を入れて記念撮影するのが目的です。

私はと言うと、実はそれほど興味があったわけではないので、外から撮影だけして次の目的地へ。ちなみに真実の口が置かれているのは教会の外側、柵で覆われた場所なので、横からなら並ばずに写真を撮る事が出来ます。

DPP_757_R

今更ですが、実は7月に造形作家集団-chevalier-のメンバーで、学生時代から連れ添ってきたなかむらえりなさんと入籍しました。今回の旅行は所謂新婚旅行です。

どこかに書かなければと思いながらどこで触れていいのか分からずこの妙なタイミングになってしまいました。

実は真実の口を見たいと言いだしたのは彼女で、ローマでは彼女の好きな映画、「ローマの休日」と「天使と悪魔」に登場した場所をメインに散策します。

DPP_762_Rサンタ・マリア・イン・コスメディン教会から一度ヴェネツィア広場まで引き返して次の目的地に向かいます。

DPP_761_R古代ローマ時代のショッピングモールだそうです。大昔に、既に5階建てのショッピングモールがあったというのが、日本の同じ時代と繋げて考えるとどうにも信じられません。本当に高度な建築技術です。

ローマも写真が多いのでひとまずここまで。

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イタリア旅行⑥(バチカン市国)


チヴィタを離れて昼頃にはローマに到着。

DPP_676_Rヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂を抜けてまずはランチのお店に移動。この建物についてはまた後ほど。

ランチは日本人観光客向けのお店で正直美味しくはありませんでした。・・・ので触れません。

DPP_677_R食事を済ませると現地ガイドと合流。ローマの中にある世界最小の国、バチカン市国へ向かいます。

DPP_678_Rバチカン美術館に入る際にボディーチェックはありますが、特別な入国手続きなどはありません。一国家であると言っても特殊な形態の国のため、イタリアに入国する人は入国が許されているそうです。

DPP_679_Rイヤホンガイド付きのツアーの場合はここで専用の機材を渡されます。普通は旅行会社から渡されるのですが、バチカン市国では専用の物を使う決まりなのだそうです。

DPP_680_R美術館に入る前に色々と説明を受けます。途中建物を撮影できるポイントがあり

DPP_681_R DPP_682_R DPP_683_R DPP_684_R中には多数の美術品が。

DPP_687_R DPP_686_R面白いのがこの天井。一見立体的なレリーフに見えますが、実際には騙し絵のようになった絵画です。

DPP_685_Rところどころ破損しているところもあります。

DPP_688_R多数の絵画や織物を見ながらどんどん進みます。

DPP_689_R建物一面がこのような状態で、信じられない労力が掛かっているであろうことに驚かされます。

DPP_690_R DPP_691_R甲冑のレリーフも。ヨーロッパに行ったら制作の参考に甲冑を見たいと思っていましたが、実物の甲冑は結局見られませんでした。兜だけなら売っているお店もありますが。

DPP_692_R一体この小さな国にどれほどの彫刻があるのでしょうか。

DPP_694_R DPP_693_Rレリーフもそこかしこにあります。

DPP_695_Rバチカン美術館を出てシスティーナ礼拝堂へ。

DPP_696_R DPP_697_R中にも煌びやかなレリーフや彫刻。

DPP_698_Rミケランジェロの「ピエタ」。

哀れみ、慈悲などの意味を持つイタリア語で、十字架から下ろされたキリストを抱くマリアというテーマの作品の形態です。宗教芸術では良くありますが、同じ題材で多数の作家が作品を制作しています。

その美しさに嫉妬した芸術家が破壊しようとした事件が原因で、現在はガラスに覆われています。とても残念です。

DPP_699_Rシスティーナ礼拝堂の中は薄暗く、高い屋根とドームから取り入れられた光が荘厳な空間を演出しています。

DPP_701_R私は無神論者ですが、この空間を作り上げた人々がいたことには素直に驚嘆しました。権威ある宗教建築でなければ、これほどのものは作れなかったでしょう。

DPP_702_R DPP_703_RDPP_704_R礼拝堂の中のマンホール(なのかわかりませんが)のふた。金属製で、細かい装飾が施された姿は宝飾品のようです。

DPP_705_R外に出るとバチカン市国を守るスイス衛兵の姿が。派手なデザインはミケランジェロデザインという説もありますが、どうも諸説あるようです。

写真で見ると派手な制服はこの場に合わないのではないかと思っていましたが、実際に眼にすると不思議と馴染んで見えました。交代の時以外は直立不動です。

 

DPP_706_R夜のサン・ピエトロ大聖堂。美しくライトアップされています。

DPP_707_R少し離れたほうがドームが写って綺麗なのですが、離れると石塔が写りこんでしまうので正面からは上手く撮れません。この広場の雰囲気を写真で伝えるのは少し難しいようです。

イタリア旅行④(フィレンツェ中編)


ホテルで一泊して、次の日は朝からフィレンツェの街並みを散策しました。

DPP_415_Rこのフィレンツェも、今までの街と同じく、やはり古い街並みが残されています。

DPP_590_R

しかし他の街と違うのは、車やバイクが多いということ。イタリアでは歴史地区の景観保護に力を入れているため、新たに駐車場を作る事が難しく、正式に許可を取って路上に車を置く事が許されているそうです。

一部の家は、昔馬小屋として使っていた場所を改装して駐車場として使っているそうですが、それもほんの一部で、愛車を車庫に入れて保管したくても中々出来ない現実があるようです。フィレンツェ市街_R

少し歩くとサンタクローチェ教会のある広場に出ました。

DPP_388_Rフィレンツェの街は観光用の馬車も走っています。大きな広場に行くと、お客さんを待つ馬車が待機していたりします。この馬車は何かの番組の撮影でしょうか。DPP_387_R

立派な建物。ヴェッキオ宮殿です。午前中の目的地はこの建物に隣接する建物。

メディチ家の収集した美術品を中心に、膨大な収蔵品の数を誇るウフィツィ美術館です。

中の収蔵品に関しては、保護の観点から撮影は出来ませんでしたが、宗教画、メディチの人々の肖像画、彫刻など、歴史的価値は計り知れないほどの品ばかりが展示されています。建物の見事さからも、当時のメディチ家の強大な力が見て取れます。ちなみにイタリア語のウフィツィとは英語のオフィスの語源にあたる言葉で、元は庁舎だった事に由来するようです。DPP_389_R

建物からはヴェッキオ橋を撮影できるポイントがあります。美術品は撮影禁止ですが、この窓から風景を撮る分には構わないとのこと。

ヴェッキオ橋の上の部分は回廊になっており、当時はメディチ家の人々が民衆に出会うことなく移動するために使ったそうです。DPP_390_R

建物の外にもこのような回廊が見られます。利便性のためでもありますが、当時巨大な権力を誇った一族だけに、暗殺などのリスクには常に注意を払わなければならなかったのだそうです。DPP_396_R DPP_393_R DPP_392_R DPP_391_R DPP_386_R

芸術の都と呼ばれるだけあって、街のいたるところに彫刻が並びます。町全体が巨大な美術館かのようです。DPP_399_R

ウフィツィ美術館の次は有名なサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂へ。

この特徴的なオレンジ色のドゥオモ(ドームと同じ意味)には上る事が出来ます。細い階段を延々のぼり続ける大変な作業になりますが、頂上のクーポラからはフィレンツェの街一望という絶景が見えるそうです。

大学に入る少し前、なんとなく目に付いて読んだ「冷静と情熱のあいだ」という小説で、このドゥオモが重要な舞台となっていました。江國香織と辻仁成がそれぞれ女性主人公と男性主人公の視点から同じ物語を綴るという面白い試みで作られた作品です。

有名な作品だという事も、有名な作家だという事も当時は全く知りませんでしたが、繊細なストーリィに引き込まれ、女性視点であるロッソを読んだ後に、姉妹篇であるブリュの存在を知りすぐに読みました。とても好きな作品です。

 

私が読む数年前に既に映画化もされていました。しかし映画に関してはキャスティングに大きな不満があるので触れません。DPP_406_R

真下からだとカメラに入りきらない巨大な建造物です。DPP_405_RDPP_404_R DPP_403_RDPP_402_R DPP_401_R DPP_400_R

ウフィツィ美術館も、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂も本来はかなり並ぶそうですが、ツアーではすぐに入ることが出来ます。ツアー旅行は時間的な制限などはありますが、この点は大きなメリットでした。

しかし肝心のドゥオモは、とんでもない行列が出来ていて、午後の自由時間の配分を考えて上るのは断念しました。

夏はベストシーズンで人も多く、また上るのには大変な時間と体力も必要とあって、真夏の日差しの中で上るのはかなり覚悟がいるそうです。

冬は人も少ないそうなので、上るなら冬に来よう、と思いました。

大聖堂を出ると本来はツアーグループで食事の予定でしたが、少しでも自由時間を多くとりたかったため、食事は参加せずに別行動する事にしました。

ツアーガイドは別行動を嫌う事が多いと聞いていましたが、今回のガイドさんは嫌な顔をするどころか、別行動を薦めてくれたのでとても助かりました。語学にも堪能で、とても頼りになる方でした。

・・・と今日はここまで。後編はヴェッキオ橋を渡り、職人も多く住まうアルノ川の左岸へ向かいます。

イタリア旅行④(フィレンツェ前編)


サンジミニャーノを出て、芸術の都フィレンツェへ。

街に到着したのは夕方頃でしたが、ホテルに向かう前に、フィレンツェの街を一望出来るミケランジェロ広場に立ち寄りました。フィレンツェ2_R

夕日に染まる美しい街並み。DPP_421_R

左からベッキオ橋、ウフィツィ美術館、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂と有名な建造物が並びます。

ミケランジェロ広場という名前はここに設置されているダヴィデ像(レプリカ)に由来するようです。

撮影を終えると広場を離れ、いよいよフィレンツェ市街に入ります。DPP_422_R

フィレンツェはかなり都会で、広い道路は交通量も多めです。

ここまで立ち寄った街は全てヨーロッパらしい石畳ばかりでしたが、フィレンツェは歴史地区を少し離れるとアスファルトの近代的な道路を持つ地域もあります。

歴史地区は景観を守る為に様々な決まりがあり、バスなども進入できないそうです。

最初にイタリアに着いた時には、石畳のでこぼこから来る足への負担にかなり苦労しましたが、ここに着いてから分かったのは、石畳は熱を持ちにくく、とても過ごしやすいということ。

数日石畳の街で過ごしてからアスファルトの地区に来ると、地面から来る熱に相当な不快感を感じます。DPP_423_R

ホテルに到着。DPP_424_R

今回の旅行はツアーでホテルのグレードも高めだったため、どのホテルも快適でした。

出発前に調べた情報では、イタリアではWI-FIはほとんど設置されていないと考えた方がいいとあったのですが、数年で状況は大きく変化しているらしく、旅行中のホテルは全て使用可能でした。

ただし宿泊客が多かったこともあるのか、速度はかなり低めです。旅行中にミニPCで記事を書くつもりでしたが、画像のアップなどがうまくいかず断念しました。

フィレンツェは写真が多く長くなるので今日はここまで。

キングver.2(全体)


今回リメイクした駒はこれで最後。キングver.2。

king1 king2 king3 king4これで人型の駒のリメイク作業はひと段落つきました。

次にルークとビショップをどうするか。今回の駒と違って、人型ではないので、ギミックを仕込むならデザインを元から考え直す必要がありそうです。かといって、無理に可動化を意識して造形的につまらない物になるのは良くないので、そこはこれからデザインをしながら詰めていこうかと思います。

クイーンver.2(全体)


二代目のクイーン。

qeen1 qeen2 qeen3 qeen4後ろから見た襟のデザインが気に入っています。組み立てた後のシルエットも広がった襟がアクセントになっているため、ボリュームのある形になりました。

クイーン完成


三つの駒の中では一番詰めに時間がかかってしまいましたが、クイーンの駒も無事原型が完成し、型取り、鋳造の作業が終わりました。

P1050243 P1050244 P1050387 P1050388 P1050389パーツが三分割になったため、型取りの準備工程が増えて大変です。原型の形も複雑なので、型割りを考えるのと、シリコンを流し込むための粘土の埋没作業も少し手間取りました。

P1050404 P1050405P1050385横から。

最後まで襟のデザインの詰めに悩みましたが、裏表に大きく装飾を入れ、外側は一段高く縁取るように装飾し、ボリュームのある曲線で構成することで、クイーンらしい優雅さと女性らしさを表現しました。可動の妨げになる後ろの角飾り部分は小型化しています。また、サイドはディテールを追加することで情報量を増やし、より精悍な印象になりました。

P1050402 P1050403P1050383正面から。

ティアラ状の角飾りは少し厚みを増やし、数を増やしてボリュームアップしました。

P1050410 P1050411 P1050384斜め前から。

全体的な印象は初代の駒のイメージを踏襲しています。

P1050408 P1050406斜め後、後方から。

襟の大きな装飾により、後ろから見ても特徴のある形になりました。

P1050382パーツは仮面、本体、襟の3パーツ構成。仮面はリベットで固定。襟は鋳造後にろう付けで接着します。

P1050416P1050417これでひとまず人型の駒はリメイクが完了しました。

 

私はチェスの駒をデザインする時に最も大切なことは、駒としての記号を分かりやすく特徴として取り入れる事だと考えています。

 

チェスはゲームであり、スポーツであり、もちろんコレクションでもあり、私にとっては芸術でもあります。しかし、そのどれかに特化するのではなく、すべてをバランスよく内包したデザインにこそ、チェスの真価はあるのだと私自身は考えるのです。

 

そう考えながら、卒業制作としてチェスをデザインしたのが二年前。

甲冑をモチーフとする事を決め、そのデザインの中にチェスの記号を上手く取り入れる事に苦戦しながらも、何とか形にすることが出来ました。

 

そして今回課題としたのが可動を前提とした再デザインです。

可動させるということは、色々なパーツとの兼ね合いもあり、干渉するパーツは削らなければならず、しかしある部分を削るとチェスとしての記号が失われるため他にデザインを足して・・・など、甲冑+チェス+可動という三つの要素を崩さないようにデザインするのは難しい作業でした。

次は残るビショップ、ルークのデザインを再検討したいと思います。この二つはモチーフのデザイン上、可動にするかはまだ未定です。

P1050392今回も鋳造で問題が。やはりポーンと同じく、薄いパーツは気泡が入りやすく、中々うまく流れません。前回と同じく、ドリルで穴を開ける事で何とか抜けましたが、前回以上に抜けが悪く、一日やって二つがなんとか抜けたくらいでした。

どうしたものでしょう。